寄席に出てない時、落語家さんは何をしているんですか?と聞かれることがある。心の臓にスルドク迫るきわどい質問だ。まあ平たく言ってしまえばヒマ、なのだ。例えば昼間は都内寄席に出演して夜は自分の独演会、なんという当社比では忙しい日でも一日8時間以上働く世間の皆様と比べてしまうと「オメー労働舐めてんのか」という労働時間になってしまう。寄席も勉強会もない日は当人さえその気になれば一日休みになってしまうのだ。
それでは、と何も用事がない日に七味唐辛子を七種類の薬味に分けてみたり、アスファルトの隙間から出ている雑草に水をやって周ったりしているわけではない。放っておくとヒマになってしまうので何とか自分を忙しくする。新しい噺を覚えたり、覚えた噺に磨きをかけたり、噺の背景を調べたり。実はどっちかというとこっちが落語家の仕事。かっこいい事を言ってしまうと「稽古が仕事、高座は回収」なのだ。自分の物覚えの悪さに絶望し、大先輩と芸の力の差に愕然とし、自分の才能のなさを再認識する。もちろん楽しい瞬間もある。新しい演出を思いついたり、意図する表現方法を見つけた瞬間。でもそれはほんの僅かだ。絶望したり、愕然としたり、再認識ばかりしていると奇声を発して隅田川に飛び込みたくなってしまうので適度な息抜きは欠かせない。
私の息抜きの一つはTVゲーム。昭和62年生まれの私は家庭用ゲームの発展と共に育ったので、最新のゲームはもちろんレトロゲームも愛してやまない。ニンテンドースイッチで昔懐かしいマリオ3をプレイする。ファンタグレープを氷の入ったグラスに入れて、グビリとひと口飲んだ。オープニング画面とBGM、甘ったるいファンタの味で気持ちが一気に少年に戻った。なんだかうれしくなって、とんがりコーンのミニパックを開けてひとつ口に放り込んだその瞬間、私の半径2メートル以内は1998年の夏休みに戻ったようだった。指の一本一本にとんがりコーンをはめて「バルログ!」とやってしまうと精神世界が本格的に98年に飛んでしまい二度と帰ってこられなくなる恐れがあるのでそれは控えた。
ふと考えてみると男の趣味というのは小さいころの趣味嗜好の延長線上にある気がする。クルマが好き、ハンバーグが好き、ファンタが好き、草野球が好き…考えてみると世のオジサンたちは一生懸命、少年時代に戻ろうとしているのではないか、と思う。自分本位に生きて全力で「今」を楽しんでいた瞬間にもどり精神を落ち着けるのだ。ストレスフルの現代に己の精神を浸しているとやがて形を失いグズグズになってしまう。趣味を通じて少年時代にトリップすることで精神を保養地へ移す。
虫取りでも、サッカーでも、TVゲームでもいい。昔のように遊んでみる。オッサンになった今、そんな子供じみた…などと言わずに小さいころの己に戻ってみるといい。居心地のいい場所が意外と近くにある事に気が付くかもしれない。クソったれな現代社会で健全な精神を維持するには、定期的に少年になるのが肝要なのだ。だから俺は必要とあらばとんがりコーンを指に装着するし、ストローでファンタをぶくぶくさせるぞ。
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