浮世床 -夢-

 

 



このごろ夢をよく見る。夢、と言ってもこの場合の夢は「大きくなったらお嫁さんになりたいの!」とかいう夢ではなくて睡眠中の夢だ。少し調べてみると一般的に夢というのは、睡眠が浅いときに見るらしい。なるほど日曜日の午前7時、いつもの時間に目が覚めてしまったけど今日はおやすみだからもうちょっと寝るもんね、のような幸せな二度寝の際に鮮明な夢を見ることが多い。

 私は幼いころから睡眠に関しては悩まされてきた性質で、なかなか眠りにつけない、眠りについても夜中にばっちり目が覚めてしまう、ということが多かった。だから昔からたくさん夢を見ていたのだけど、幼いころは同じ夢を何度も見ることがあった。今でもよく覚えているのは砂漠を旅する夢で、一人で大きな荷物をずるずると引きずりながら、砂丘を次々と超えていく。暑い、しんどい、という夢ではなくて「一人の大冒険は楽しいなあ!このまま海か山にぶつかるまで歩き続けよう!」という夢だった。地面を掘ればポカリが無限に出てくるし、夢は便利なのだ。

 目が覚めるとちょっとした興奮状態で「実に面白かった!続きを旅しよう!」と目をぐっと閉じて布団にもぐずり込み、夢の世界への再突入を試みるのだが神経が興奮してしまっているのと「地面を掘ってポカリが出るということはあるのだろうか」などと冷静に夢を振り返っているうちにどんどん覚醒していってしまう。あの夢の続きはどうなっていくんだろうと、がっかりしながら夢を振り返る。そして子供のころの夢で一番不思議なのは何日か経った後に、夢の続きを見ることがあるということだ。「ややっ。これは前回見た夢の続きか!そうかそうか!」とまた砂漠を歩き始める。大人になってからはこのような経験はない。

 昔読んだ本では、脳が睡眠中に日中にあった出来事を整理していて、その最中に記憶の一部が夢として映像化される、ということが書いてあったが私はサハラ砂漠はおろか、鳥取砂丘さえ行ったことがない。せいぜい近所の公園の砂場程度だった。なにより本人も砂漠の夢を見たことを忘れているのに、その続きをみるというのが不思議だ。一時期、頻繁に見ていたあの砂漠の夢はひょっとして前世の記憶だったりするのだろうか、と考えたりする。しかし地面を掘るとポカリスウェットが出てくるあたり、かなり短いスパンで輪廻転生してしまったのかもしれない。

 子供のころは大冒険、ヒーローものなどだったけれど大人になった今見る夢というのは実に味気なく、起きてからぐったりするような夢ばかりだ。特に噺家になってから見る夢がひどい。一番よく見た夢は飛行機が墜落するのを目撃する夢。空を見上げていて「おや?あの飛行機はずいぶん低いところを飛んでいるな」と思っているうちに墜落する。自分が乗っている飛行機が墜落する夢は見たことがない。二番目に多く見た夢は落語の最中に高座が崩れていく夢。話に入って一生懸命やっているのにスポンジのようにふにゃふにゃの高座がグズグズと崩れていく。そして誰も私の落語を聞いてくれない。落語をしている最中に高座の向こう側の窓に墜落する飛行機が見える、などという合わせ技の夢もあった。同業者にこの話をすると高座関連のイヤな夢を見る人は多い。特に帯を締められない、足袋を履くことができないという夢を多くの噺家が共通してみるというのが面白い。なかには楽屋を出て高座に向かって歩き始めるのに、いつまで経っても高座にたどり着けない、という恐ろしい夢を見る人もいた。

 夢占い、というものがあると聞いたので飛行機墜落の夢について調べると「逆夢(さかゆめ)といって悪い夢は現実世界で良い事が起こる前兆!この場合は何か大きなことを成し遂げようとしているときに見る夢です!」とあった。どういう事なのかさっぱりわからなかった。当時は前座修行中で、一日一日を生きていくのに必死で何か大きなことを成し遂げる気配は微塵も感じられなかった。何か自分の気づかないところで大きなことを成し遂げつつあるのだろうかと、ふとテーブルの上に目をやると「ヤマザキ春のパン祭り」の応募用紙がある。パンを貪り食い、シールを集めて白い皿を集める日本を代表する奇祭である。このシールが応募に必要な枚数揃いつつある。毎年途中で「そうパンばかり食えるか!」と投げ出していたのにその年は池袋演芸場に行くたびに、池袋駅構内のランチパックショップ(壁を埋め尽くす様々な種類のランチパックに圧倒される。2021年8月に閉業したのが悔やまれる)に通いせっせとシールを集めていたのだ。

 まさか。大きな事を成し遂げる、とはこのことじゃないだろうな。私は応募シートを持って立ち尽くした。たしかに長年チャレンジしてきたが、いつも投げ出してきた。今、この奇祭への祈りが成就しようとしている。心願成就。たしかに私にとっては大きな事なのかもしれないが、シールを集めて白い皿を手に入れる事が「人生で成し遂げる大きな事」だった場合私の人生はこれからどうなってしまうのだろうか。これ以上大きな事は成し遂げられないのだろうか。急に恐ろしくなって私は次の日からパンを食べるのをきっぱりとやめてしまった。そしてそれ以来私は見た夢を夢占いで調べる、ということもやめた。だって「飛行機の墜落と高座が崩れる夢は明日の寄席でめちゃくちゃ滑る予兆!」なんて言われたら困る。最近では飛行機が墜落する夢は見なくなった。昔のように冒険サバイバルの夢を見たいなあと思うのだ。 



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