弟弟子がやって来るヤァ!ヤァ!ヤァ!

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 所用で弟弟子の歌ん太が家にやってくる。それも午前10時に。早すぎだコノヤロー!と思ったが自分が指示した時間だったことを思い出す。朝、カミさんを見送ってから慌てて家を片付ける。自宅、というのはどうして人にあまり見せたくないモノばかり散乱しているのだろうか。掃除機をかけて、洗面所、トイレを掃除して待つ。

 ふと、気づく。用事が済んだら時刻は昼近く。ヤツは池袋演芸場の昼席に向かうらしい。ならば昼メシを食べさせてやらねばならぬ。ああ面倒くさい。メシを炊こう。先日埼玉県のお仕事で頂いた美味しい新米がある。これを2合早炊き。これが一番おいしい炊き方だ。味噌汁は昨日八百屋で買った新鮮なほうれん草があるから、これと油揚げでいいだろう。おかずは…昨日晩飯を作った時に余ったハンバーグのタネがある。こいつを焼けばいい。はじめは中火でこんがりと焼き目をつけて後は弱火でじっくり。しかしこれだけじゃ足りないな。ベーコンエッグをつけて、昨日ゆでたブロッコリーとミニトマトでも添えてやれば文句はないだろう。

 用事を済ませる。時刻は11時。想定より少し早い。「朝メシ食ってきたのか?」の問いにヤツは「食べてきました」。これは想定外。前座なんてのは朝メシを犠牲にして睡眠時間を確保するモンなのだ。昼メシには早いし、朝メシが遅ければまだ腹が減っていないかもしれない。「腹減ってるか?早いけど昼メシ食っていくか?まだ腹減っていなきゃ無理しなくてもいいけど。どっちでもいいよ」返答を待たずに早口で言い切る。「ありがとうございます。頂きます」。そうだ。そうこなくてはいけない。

 まずハンバーグを焼き始めた。ハンバーグの焼き加減は難しい。もういいだろう、と思っても芯が赤いことがしばしばある。金串を刺して透明な肉汁が出れば火が通ったサイン。濁って赤っぽい汁が出るときはまだ火が通っていない。刺した金串の先を舌に当てて温度を見る。手間のかかる料理だ。ハンバーグソースを作ろうと冷蔵庫に手をかけた瞬間、視線を感じた。ヤツがじっと見ている。彼からすると用事があって兄弟子の家に行ったら、突然手作りハンバーグをご馳走になることになったのだ。大してお腹も空いていないのに。少し嫌な感情が心をかすめていった。

 勘違いされたら困るのだ。だって家に来るからといって、家じゅうをきれいに掃除して、手ごねハンバーグを食べさせて、それじゃあ足りないかもしれないといってベーコンエッグ(黄身は見事に半熟)を足して、栄養バランスを考えて野菜を添えて、新米の大盛ゴハンに出来立ての味噌汁を支度するなんて。「ゴハン食べてく?一応、準備はしてあるけど無理しないでいいよ」なんて。ワシは料理も仕事もできるけど、なぜか男運が悪くていつの間にか周りが結婚しだして、ちょっと焦っている丸の内で働くイイ女か。

 片付けながら弟弟子をチラと見る。こいつ、野菜から先に食っていやがる。太りにくい体を意識したべジファーストなんて食い方はアラサーの、オッサンに片足突っ込んだオレくらいの年齢からすればいいのだ。いいからさっさとハンバーグに箸をつけろ。そうしないと「ちゃんと火通ってる?」って聞けないじゃないか。そういえば前にもこんな事があったな、と思い出すと昨年も同じような状況で野菜の水分だけで作った無水ドライカレーを振舞ったのを思い出した。その時もボリューム感を出そうと目玉焼きをカレーにのせた。「この兄貴は毎回目玉焼きのせてくるな」とか思っているのだろうか。段々腹が立ってきた。黙って食っていないで「美味しいです」とか言えこのヤロウ!気になって洗い物がちっとも進みやしねえ!

 10分ほどで素早く平らげたヤツはご馳走様でした、とかありがとうございました、とか何かわからないことをもにょもにょと言って池袋演芸場の昼席に向かっていった。扉を閉めた途端に何だか気分がぐったりとしてしまって、カップラーメンに湯を注いで食べた。湯を注いでからの3分の間にオレは思ったね。もし仮に弟子入り志願が来たとて絶対に弟子なんかとるか!と。そんな事したらどんどん丸の内OLみたいな思考になっていってしまう。くたびれる師走の昼下がりであった。

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