落語協会黙認誌、そろそろの二号がまもなく刊行になる。私は前回に引き続き趣味のコーナー「ボク道楽もん」を担当する。コーナーのタイトル、全体のレイアウトが国民的青色狸を彷彿とさせるデザインで、何となくテレビ朝日方面からお𠮟りを受けそうな気がしないでもないけれど、そこまでそろそろが売れたら大したものだ。本誌にも書いたのだけれど趣味に没頭する落語家を探すというのはなかなか骨の折れる作業だった。
落語協会のホームページからプロフィールから趣味の欄をずらーっと見ていったのだが皆似たり寄ったり。特に多いのが「料理」「読書」。会社勤めの人とは違い、家にいる時間が長い稼業なのでこの辺は必然に思える。面白くないなあと思って自分のプロフィールを見たら「趣味:料理、読書」としっかり書いてあってげんなりしてしまった。
今回取材した柳家緑太兄さんは多才で多趣味な先輩だが、前座時代は仲間たちとかなりボードゲームをやりこんだらしい。ガッツリ系(1プレイ30分以上かかるもの)からライト系まで幅広くプレイしたようだ。取材当日は緑太兄さんとよく一緒にボードゲームをプレイした市童兄さんとそろそろ編集部から玉の輔師匠も来てくれた。4人で軽めのものを中心に2時間ほどプレイした。中でも面白かったのがキャメルアップというゲーム。すごろく+競馬のようなゲームでサイコロを振ってラクダの駒を移動させる。各ラクダの進み具合を見ながら順位を予想して賭けていく。最後に手にしたお金が多い人の勝ちになる。
面白いのはラクダの駒同士が重なる事で、ビリだったラクダがひょいっとほかの駒に乗っかったかと思うと、乗せてもらったまま運ばれて行きあっという間にトップに躍り出ることもある。サイコロの目+αの要素で競馬の予想をする、というのは実に面白い仕組みを考えるなあと感心した。サイコロの目を大きく出せば勝てるわけではなく、ビリを予想したり通行料を請求したり勝つための方法はいくつも用意されている。サイコロの出目とその他の要素が絶妙なバランスで作用していて夢中になった。ボードゲームは駒やサイコロ、その他ギミック(仕掛け)の「おもちゃを触ってる感」がまた楽しい。
個人的な趣味でいえば映画も好きなので、映画オタクな落語家がいれば次回はそちらにもアタックしてみたい。現代は映画好きには便利な時代で、家でNETFLIXを開くと一生かかっても見切れない位の映画とドラマがずらりと並ぶ。
たくさんある中で私が今一番好きなのは「ストレンジャーシングス 未知の世界」だ。主人公はボードゲーム、映画、オカルト、TVゲームが好きなオタク少年3人組でちょっとありえない感じで大事件に巻き込まれていく。彼らには当然行きつけのゲームセンターがあってそこで「ディグダグ」のハイスコアをキープしているのが彼らの誇りだ。ところが。ある日そのスコアを塗り替えられてしまう。なんてこった!いったい誰がこんなスコアを出したんだ!と探っていき、たどり着いたのは都会からやってきたちょっとスカした女の子。そしてその女の子は彼らのクラスの転校生なのだった…とまあありがちだけど生き生きとしたオタク少年たちを見ているとオタク中年の私は頬が緩んでしまう。
かつて渋谷のセンター街には渋谷会館モナコというゲームセンターがあってそこが私の行きつけだった。新旧のアーケードゲームがずらりと並んでいて、その中にファミコン版のスーパーマリオブラザーズが置いてあった。マリオには自信があった私は100円玉を握りしめてそこに足繁く通った。入門前フラフラとしていた時期も、初めて師匠の家に行った日も「この店のマリオのハイスコアは必ずオレが出す!」と謎の使命感にかられプレイし続けた。
そして忘れもしない2013年の7月土砂降りの夜にとうとう私はスコアランクの一番上に自分の名前を刻んだ。ゲーム好きが集う老舗のゲームセンターに自分の名前を残す。オタクとしてはこれ以上ない栄誉だ。その後もスコアを少し更新しつつ、変わらないペースでマリオの前に私は座り続けた。
ある日いつものように一杯ひっかけてから「ワンコインだけ」と座ってみてスコアランクを見て驚いた。私のスコアの上に「PIG」と言う名前が刻まれている。ハイスコアも更新されている。いままでスコアランクで見たことのない名前だった。つい3日前に来た時にもその名前はなかった。PIGはいきなり現れてハイスコアを出したのだ。一瞬何が起こったのか理解できなかった。椅子に座ったまましばらく動くことができなかった。遠くの方でゲームの音楽が聞こえている。
はっとして振り返った。まだそこにいるのか。俺の事を見てほくそえんでいるのだろうか。クソッ、いるなら出てこい。ふざけた名前をつけやがって!なんとしてもトップに帰り咲いてやる!とムキになって挑んだがここに来る前に飲んだホッピーが効いている。その日は諦めて帰ることにした。その日初めて私は自宅でマリオの練習をした。
そして2週間ほど鍛錬を積んでアルコールも控えて決戦に臨んだ。梅雨明けしたばかりのギンギラの太陽に一日中照らされた街は夜になってもぼわんと熱気をはらんでいた。そして私は渋谷会館モナコの前に来て唖然とした。いつもなら開いているはずの時間にシャッターが降りている。私が鍛錬を積んでいた2週間の間に渋谷会館モナコは閉店していたのだ。
店内に案内などあったのだろうか。ちっとも気が付かなかった。憩いの場所が一つ消えてしまったのと同時にあの「PIG」の勝ち逃げが確定した。膝から崩れ落ちそうになるのを堪えて、脚を引きずるようにして渋谷センター街を歩いた。どこにも行く当てはなかったが、家に帰る気分にもなれなかった。私はハイスコアを記録してから2週間余りでトップの座を追われゲームセンターそのものも失ってしまった。
信長を討ち取ってから間もなく秀吉に討ち取られた明智光秀をして「三日天下」という言葉があるがまさにその通りだった。その後引っ越しなどもあり渋谷のセンター街に立ち寄ることもなくなっていった。異常気象と言われた2022年の夏、家でストレンジャーシングスのオタク少年たちを見てあの夏の事を思い出した。
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