ベッドで漂流する少年②

 病院を出て一番驚いたのは、世の中に「自分と関係ない人」が大勢いる事だった。入院していた6か月の間ほとんどの時間を病棟の中、それもベッドの上で過ごしていたので周りにいる人たちはみんな私の事を知っていたし、みんな私の事を気にかけてくれた。それが外に出てみると、不機嫌な顔をしたサラリーマンや、学校帰りの学生グループ、相模大野の伊勢丹行くザマス!のオバハンたちがせかせかと歩いている。トーゼンこの人たちは私の事など知らないし、体調なども気にかけてくれない。それが何だか不思議だった。

 退院したからもうおしまい!というわけにもいかずに、ちょくちょく入院を繰り返していた。次に入院する時には、最初にいた小児病棟はもう無くなっていて乳幼児、整形外科、脳神経外科、皮膚科など様々な科を転々として、時にはベッドごと病棟を移動することもあり、病院の中をふらふらとベッドで漂流するハメになってしまった。

 どこの科でも、見た目なんてことない若者が入院しているのは不思議なようで、ほとんどの人が声をかけてくる。中でも整形外科は「こんなの大した事ねえのによー」と暇を持て余している大工のおじさんや「飲んでたのは内緒にしてくれよな!」と見舞いにくる人に必死に言い続けるチャリンコ事故のおじさんなどがウロウロしている。整形の病室で私の隣にいたおじさんは右手の中指だけギプスをはめて包帯をぐるぐる巻きにしていて「いやーホントに困ったよー」と角刈りのごま塩あたまを、ギプスの指でゴシゴシとこすって入院の経緯を聞かせてくれた。


このおじさんは工場での作業中にうっかり機械に指を挟んで切断してしまい、緊急手術で何とか指をくっつけたものの完治する前に車のドアに挟んでしまい、また入院となったらしい。


「最初に退院してから温泉に行ったのよ。仕事のみんなでね。」

とシャワーから出たおじさんは、私のベッドに腰掛けて話し出した。

「怪我した指はお湯につけられないから右手の手首から上と顔だけお湯から出してるのね。で、中指は曲げられないからまっすぐだけど、他の指は曲げられるのよ。」

自分で自分の話がおかしくてたまらない、という様子でおじさんは興奮気味に話している。


「そうするとね、お湯から顔と右手だけだして、ギプスはめた中指立ててF◯ck youの形なのよ。これがもう可笑しくってね。入ってくるやつにみんな中指立ててやったのよ。」

というと欠けた前歯を見せてクククッと笑った。この温泉の帰りにドアに指を挟んで今に至るらしい。
まわりにきさくなおじさんが多かったので気分は楽だった。しかし体調は安定せず、2ヶ月入院して退院すると、また2ヶ月後には病院に戻ってくる、というのを繰り返していて自分の家がどっちなのかよくわからなかったし、入院すると何だか安心するような気すらしていた。高校生2年生の春に人工透析を開始してからは、週3回病院へ行き1回4時間ほど透析をしながら学校へ行く、という生活がはじまった。大きな区切りがついて、ギクシャクと年相応の若者に戻っていく、第二の人生が始まった。

 



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