テレビディナーの作法。

 私はここの所うんざりしている。できる事なら「もういやだっ!」と逃げ出して近所の公園に行き、四つん這いで「おげげげげげげげげ」と奇声を発してこどもたち及び、その保護者らを蹴散らして、我が物となった砂場でお山を作り(余談ではあるが、砂場に作るのは【山】ではなくあくまで【お山】である。)慎重にトンネルを開通させて水を流し、流れていく砂や小石を一日中見ていたい。まぁ私もいい大人なのでぐっとこらえるが、何にうんざりしているかと言うと「自分の作るメシ」にうんざりしてしまったのだ。一家の大黒柱(カミさんともいう)は忙しいので私が三食作ることが多いのだが、自分の作るメシというのはだいたい味の想像がついているし、なんなら味見もしているからなーんの驚きもなく「こんなもんか。」とただ黙々と栄養を摂取しておしまい、なのだ。そして後には片付けも残っている。

 もう何でもいいから、他人の作ったものが食べたい!この際味はどうでもいいから、片付けも楽なやつ!と家事に追われた主婦のようなセリフを吐きながら畳を這いずり回っていると、ふと、閃いた。テレビディナーを食べたい!

 テレビディナー、というのは冷凍食品の一種で、仕切りのあるひとつの容器にメインディッシュ、副菜、ときにはデザートまで乗っかっているという、実に便利で安直で疲れ切ったココロの隙間をドーン!と埋めてくれる代物なのだ。ちょっと昔の映画、70年代から90年代のアメリカ映画を見ているとこのテレビディナーがよく出てくる。ウィキペディア大先生によると70年代のアメリカは冷凍食品大国で、消費量は二位に倍の差をつけていたらしい。その中でもテレビディナーは主流の商品で1975年の年間一人当たりの消費量は1.2キログラムだったというから驚きだ。テレビディナーはアメリカ人の生活の一部だったと言えるだろう。

 私は実物を見たことがないし、食べたこともないので映画の世界の中にあるものしかわからないのだけど、食べ物としてはどうってことないのだ。名前だけ聞いたことはあるハングリーマン(名前が秀逸すぎる)のディナー用商品「ボーンレスフライドチキン」はフライドチキン2つ、マッシュドポテト、山盛りのコーン、チョコブラウニーが仕切られたひとつのトレイに乗っかっている。その他にもパンケーキ、ハッシュドポテト、グリーンピースがセットになった朝食用や、ターキー、グレイビーとマッシュドポテト、クランベリーのシロップ漬けが一緒になった感謝祭用のテレビディナーなどもある。これがどうしても食べたい。調べたところによると、日本も1970年代にテレビディナーの名称で入ってきたのだが、定着しなかったらしい。どうやら国内でハングリーマンを手に入れるのは難しそうだ。もし手に入るならそれはもう正式なスタイルで頂かないとな、と思う。この場合の正式のスタイルというのは映画の中のスタイルの事で、詳しく説明するとこうだ。

 まず職業は地方の小さな銀行の警備員が望ましい。帰りに仲間と軽くジョークを交わして別れ、帰路に着く。ポストの中から水道料金の請求書、ピザデリバリーのチラシ、ダイエット器具のチラシの束を取り出し一瞥したのち、ソファに放り投げる。鼻歌を歌いながら冷凍庫からハングリーマンを取り出す。ケツをフリフリダイエットペプシも取り出してひとくち飲む。チン!とハングリーマンが温まったら、テレビの前のソファにドカッと腰かけて、ソファの高さに合う小さなテーブルにハングリーマン、ダイエットペプシ、食後のチョコミントアイスを並べて、プラスチックのフォークスプーンでチキンをつつく。

 テレビのスタンダップコメディを観て「HAHAHA!」とひと笑いしてまたフォークスプーンでひとすくい。容器とフォークスプーン、プラスチック同士が擦れる音がする。そこに「ピンポーン」。仕事の後、ささやかな楽しみを邪魔する訪問者。「HAHAHA!」無視して自分の世界に戻るも再び「ピンポーン」。クソッ、食器の上にスプーンを放り投げて立ち上がる。ドアを開けて「おいジェシー、募金なら先週もしたはずだぞ。前回だって10ドルも…」といって顔を上げると、黒いコートを着てフードを目深に被った男の姿。「なんだアンタ?」と言い切る前に拳銃で腹にズドン!その場で絶命。場面変わって警察の現場検証。「ああ、ひでえ。玄関あけたら、腹にズドン、だ。おとといのマンハッタンの事件と同じだよ。」若手の刑事がガムを噛みながら遺体の横にかがむ。そうこれは連続殺人の序章にすぎないのだ…

 とまあこれが正しいテレビディナーの在り方とその風景なのね。腹にズドン、のくだりはちょっと嫌だけれど、ささやかな楽しみたちをテーブルの上に並べてスタンダップコメディーをみて「HAHAHA!」と笑いダイエットペプシをぐびり、くらいはやってみたいなーと思うのだ。どっかに売ってないかなあハングリーマン。

 



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