田舎に住むか否か。

 今年の2月で結婚してから4年が経った。あっという間に時間が過ぎたなあと思うと同時にマンションの契約更新の時期が来たのを思い出してうんざりした。まったく都内、それも23区内の家賃はべらぼうに高い。2DKでそこそこの条件の家に住もうとすれば12,3万は覚悟しなければならない。たまに地方に行き、不動産屋の前で物件を眺めてみると、東京と同じ家賃で立派な一軒家が借りられたりするので驚く。

 結婚するときにカミさんの職場に近いところ、というので都内に越してきた。神奈川の郊外にしか住んだことのない私は当初「23区内のマンションに住むなんてすごーい!」などと喜びつつ都庁の展望台に文字通り「お上りさん」していたのだけど、実際に住み始めると人の多さにうんざりする。特に土日はどこへ行っても人だらけで、花見の時期は公園の公衆トイレにまで行列ができる。

 でもまあ以前は家電、ゲーム、本、洋服などお目当てのものを探すときにはよっこらしょう、と気合を入れて都内まで出かけなければいけなかったのが、ちょっとそこまで、の感覚で大きなお店がある繁華街まで出られるのは便利には違いない。家賃には「便利代」が上乗せされているのだな、と思うことにした。

 先日ペグハンマーを購入に池袋へ出かけた。アウトドアが趣味で、川っぺりや山のふもとなどにテントを設営することがあるが、テントは四隅をペグ、という金属製の杭で固定しなければならない。以前は「そんなものは使わねえぜ。」と粋がってその辺の石でペグを地面に打ち付けていたのだが、ペグを打ち終わる前に手が砕け散りそうなのでペグハンマーの購入に踏み切った。

 しかしこれが見つからない。大きなアウトドアショップを3件回ったのだが滅茶苦茶に大きくてズッシリ重いやつか、2,3回で粉々になりそうなプラ製のものしかなく、うち一軒ではペグハンマーそのものがなかった。山でも川でも野っぱらでもペグハンマーは必要だと思っていたのでこれは意外だった。それとも皆、手が砕ける覚悟で石でペグダウンしているのだろうか。失意のうちに帰宅して結局楽天で注文するのだが、こっちの方が品ぞろえが豊富でしかも安い。翌日には軽くて良いモノが届いて、俺は思ったね。これなら田舎に住んでも同じじゃねえのか!と。

 ペグハンマー一本で大いに心と言葉が乱れちゃうのだけど、便利が取り柄の都会さんが「え?世界有数の都市であるTOKYOの恩恵を受けたいって?ならばそれなりのものいただきまっせ。」と親指と人差し指をすり合わせて、高額な家賃を要求してくる。こちらとしてはどんなに遅く仕事が終わっても、終電後タクシー2000円以内で帰れる利便性は何にも代えがたい。大都会TOKYOへの憧れもある。ぐぬぬ、と不本意ながらも高額な上納金、じゃなかった、家賃を払っているのだ。しかしこれだけネット通販が進歩し、テレワークも推進された現在ならば都会に住むメリットは以前ほどではないと言えよう。何とかして都会の煩わしさから脱出したいものだ。

 住み始めて4年ですっかり都会の喧騒に疲れてしまい、最近では仕事で行った地方ののどかな風景にすっかり心を奪われてしまう。きれいな田園地帯の中にぽつんと一軒家が佇み、その庭には大きなクスノキがあったりする。聞こえてくるのは耕運機の二気筒エンジン特有のノンビリした「バタバタバタ…」という音だけ。これが「ああ、実にいいなあ。」と思うのだ。

 この仕事は東北での落語会だったのだけど、会場まで送ってもらう道中が一番楽しい時間だった。のどかな風景を横目に見つつ、幹線道路をしばらく進むと田園地帯に唐突に巨大な公民館が現れて、そこで一仕事。終演後に主催者の方が「では打ち上げ会場に…」というのでこんな田園地帯の真ん中にまた唐突に居酒屋満載の雑居ビルでも現れるのかな、と思ったら連れていかれたのは先ほどのクスノキの家だった。主催者の方の家らしい。「実はこの辺りには居酒屋が二軒しかないのですが、一軒は定休日でもう一軒はこないだそこの大将とケンカしちゃったんです…」と言う。田舎だと店の数が少ないので選択肢がないのだ。聞けば居酒屋もスーパーもドラッグストアも一軒しかないこの村では客も店員も同じ顔ばかりなので、ちょっとしたいさかい事やだれがいつ、どこで何を買ったのかなど嫌でもわかってしまうらしい。だからね、田舎では悪い事できないのよ、と言ってオジサンたちはガハハッと笑った。

東京では人が多すぎるので他人をいちいち意識することはない。人が多い東京の方が却って孤独なのかもしれない。誰が何をしてようと知ったことじゃないのだ。ある意味都会の方が自由だ。本当は田舎に住むメリットと都会に住むメリットについて、現代社会が抱える問題に触れつつスルドク迫っていき「いまはこちらがお得です!」と結論付ける文章にしたかったのだけど、熱い緑茶などすすりつつ「まぁこれは何ていうか一長一短ですね。」という逃げ腰的結論に着地せざるを得ないようだ。

   

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